2014年5月号 特集 「老舗百貨店に新たな息吹を」

「オムニチャネル」という言葉が世間を賑わせている。ネットとリアルという垣根を越え、消費者が自由に買物できることを目指すというもので、少し前に注目された「O2O」(Online to Offline)と呼ばれるネットからリアルへ送客を行う販促活動をさらに一歩進化させた概念として注目を集め、大手小売も続々と乗り出している。そんななかで昨年早々に「オムニチャネル戦略」を宣言したのが髙島屋である。
その司令塔であるクロスメディア事業部長に抜擢されたのが、一昨年に連結子会社となったファションECサイト「セレクトスクエア」の屬(さっか)健太郎代表取締役社長。ネット通販企業の社長が、老舗百貨店のオムニチャネル戦略の舵取りをするというのは業界的にも大きなニュースとなった。あれから1年。老舗百貨店でいったい何が生まれようとしているのか、そして屬事業部長が考える「オムニチャネル」とは何なのか。通販の若きリーダーに語ってもらった。

 

株式会社 髙島屋 会社概要


本社◎大阪市中央区難波5丁目1番5号
代表者◎取締役社長 木本茂
創業◎1831年(天保2年)1月10日
会社設立◎1919年(大正8年)8月20日
資本金◎56,025,125,471円(2014年2月28日現在)
事業概況◎百貨店事業、法人事業、通信販売事業、グループ事業
店舗◎国内20店舗、海外3店舗
従業員数◎15,210名(連結)、10,129名(単体)
(2014年2月28日現在)

 

■老舗百貨店で進める3つの改革

「情報プラットフォーム」という“神経系”の整備をしなくてはならない

―昨年2月、クロスメディア事業部長に就任して1年以上が経過しましたが、いかがでしょうか?

 私はもともと「セレクトスクエア」というファッション通販企業の社長をしており、2012年6月に髙島屋と提携しました。資本提携したので、物事が一気に進むかと思ったのですが、なかなかそうはいかなかった。なぜ進まないのか理由を考えたところ、そもそも百貨店ビジネスの戦略そのものにインターネットがなかった。だとしたら、この戦略そのものを変えていかないと、我々の提携は意味を成さない。また、百貨店そのものの課題としても売上げの減少があり、長い歴史を持った事業なので、イノベーションが必要な状況でもありました。そこで2012年9月から髙島屋の経営を長期で考え直しましょうということで、「長期経営戦略プロジェクト」を髙島屋の専務以下と始めました。そこで私が提案したのは3つの大きな改革です。1つ目が「情報プラットフォーム」の見直し、2つ目が「意思決定プロセス」の見直し、そして最後が「人材」の見直しです。これは人間の体に例えるとわかりやすい。情報プラットフォームという神経系、意思決定プロセスという骨、人材が筋肉です。これらをうまく機能させなければ、髙島屋という巨人も動くことはできません。

―そこで「オムニチャネル」という言葉が出てくるわけですね。

 ええ。情報プラットフォームの中には、マーケティング情報や商品データベース情報、経営情報やシステムや物流のすべてが含まれます。これらの神経系を整備することをアメリカでは「オムニチャネル戦略」と呼んでいます。ここを入口にして、マーチャンダイジングからマーケティング、さらには人事や財務まで垂直式に、5カ年計画を立案しました。それを鈴木(弘治)社長(現会長)が見て、「オムニチャネル化宣言」につながったということです。

百貨店の中に飛び込んでわかった文化の違いと「言語」の壁

―屬さんが「オムニチャネル」という言葉を髙島屋に持ち込んだということですね。

 言葉というよりもコンセプトと言った方がいいかもしれません。“絵”を描いた本人にやらせてみようじゃないかということで2013年の年初に声がかかり、2月に着任しました。まず手をつけたのは組織再編です。これまではカタログとネットと総務という3つの部門がありましたが、それらを12のセクションに分けました。1カ月で役員に承認をとり、4月1日には新組織をスタートさせていましたから、スピード感はあったと思います。

―ECサイトの経営から老舗百貨店の中へ飛び込むことで、環境が大きく変わったと思います。戸惑うことはありませんでしたか?

 かなり刺激的な1年でした。それは私だけではなく周囲も同じでしょうが(笑)。着任初日には皆さんにかなりきついことを言ってしまいましたが、やはり文化が違うと感じました。例えば、私が当たり前に使う言語も最初はまったく通じませんでした。「LTV」(ライフタイムバリュー、顧客生涯価値)と言っても、黒板に書いて説明してください、みたいな感じでしたし、「CVR」(コンバージョンレート、サイト訪問者のなかの購入者の割合)とか「セッション」とか言っても、「何それ?」みたいな顔をしている。もちろん、「買い上げ率」と言い換えれば通じますが、先ほどのように組織を「人体」に例えて、「人材」を「筋力」などと例える人間は少ないので、当初は互いに苦労しました。


■オムニチャネル、「言葉」から「体感」へ

リアルとネットの連動は、顧客・商品データベースの統合から

―この1年間で具体的にはどのような改革をされてきたのですか?

 まず手をつけたのは、KPI(重要業績評価指標)ですね。それまでのKPIの基準が言ってしまえば、「売上」しかなかったところを細分化しました。まず商品を「ファッション」、「リビング」、「食料品」の3つに分けて、それぞれに「カタログ」、「ネット」、「テレビ」という3つのチャネルを作る。こうしてできた9つのマスに対応する「PL」(損益計算書)を出していきます。それと同時に、「集客数」、「買い上げ率」、「客単価」という切り口でも分析していく。「オムニチャネル」というからには、少なくともKPIを整備し、追いかけていくサイクルを続けていかなければいけないのですが、これまでのKPIではそれができていなかった。このKPIをもとにして、週の頭には12に分けたグループ長たちとの全員会議とワントゥーワンミーティング。次から次へと課題が出てくるので、私もみんなもヘトヘトになりますが、これを1年間続けてきました。もちろん、このKPIだけで完成とは思っていません。これからの課題によっては、さらに細かく分解することもあるでしょうし、大きな意味を見出すために統合することもある。この繰り返しでしょうね。

―通販業界が注目する「リアルとネットの連動」という点では何か着手されているのですか?

 まずは、顧客データベースや商品データベースの統合を進めることですね。顧客情報と商品情報を統合すれば、あとはその上にアプリケーションを加えられれば様々なことが実現できると思っています。顧客情報、商品データベース、ICT(情報通信技術)、物流という4つをセットすれば、次に我々が予測する未来は「アプリケーション」です。百貨店各社はそこを開発していこうといろんな夢を思い描いているのですが、なかなかできていないのが現状です。逆に通販の方ではできている。むしろ、これをしっかりとやってきた通販会社だけが大きく成長してきたと思っています。リアルがネットに連動することを「脅威」と捉える向きもありますが、私は違うと考えています。「今まで自分たちは何をやってきて成長してきたのか?」という問いかけをしていただければ明らかでしょう。

2020年「東京オリンピック」の頃には百貨店の存在が大きく変わっている?

―2年目に入り、これからはどのようなことに着手して、オムニチャネルを加速化していくのでしょうか?

 1年目はオムニチャネルというコンセプトを持ち込み、とにかくみんなでこの概念を口にすることで、「オムニチャネル」という言葉を社内に浸透させました。そのように“口で言うオムニチャネル”から2014年は“体でやるオムニチャネル”。体感していくという感じですかね。具体的には、顧客データベースと商品データベースのインテグレーションを推進していきます。3年目になると、それに少し勢いがついて歩き出し、4年目になったらその上に「アプリケーション」が加わって大きく走り出す。5年目(2017年)には「おっ、百貨店がちょっと変わってきたよね」というのを世に示していけると思います。おそらく他社もそうなっていることでしょう。例えば、A百貨店はモノづくりに勤しんでいるし、B社は不動産、都市開発に注力している。C社に至っては、すっかりコミュニケーション企業へと変わってしまう―。そんな未来が考えられますよ。2020年の東京オリンピックの頃には今の百貨店とはちょっと違うような感じになっていればいいと考えています。

―そのようなロードマップがあるなかで、社内的にもオムニチャネル推進が面白くなってきたという感じなのでしょうか?

 面白いといってもニコニコ笑えるようなものではないですよね。「石の上にも3年」だとすれば、まだ1年ですから、サッカーに例えるなら、試合に出るためには何をすべきかというトレーニングの仕方が理解できたぐらいの段階。試合に出場してゴールを決めるということは、我々は2017年ぐらいに設定しています。髙島屋を大きな人間に例えるなら、私はその人間を動かす重要な細胞でありたいと思っています。ただ、ひとつの細胞が「オムニチャネル」を声高に叫んでも、人間は指ひとつ動かすことはできません。脳や神経が「オムニチャネル」を認識し、それが骨に伝わり、筋肉を動かしてようやく立ち上がることができる。今はようやく“体感するオムニチャネル”まで来ましたが、まだ道のりは長い。組織として言葉の意味を真に理解するということは、とても大事なことだと痛感しています。


■百貨店の全フロアに「問い」を立てていく

「オムニチャネルをどう進める?」という問いかけの危険性

―屬さんは「セレクトスクエア」の社長も兼任されていますが、競争が激化するファッション系ECサイトについてはいかが思われますか?

 外から見ている方からすれば、いろんな事業者が現れて競争が激化している印象を抱くのかもしれませんが、私からすればそうではありません。真に戦っているのは数社だけで、そこでの競争と思っています。ただ、現在非常に大きく成長した1社と私たちがやっていることは非常に似ている面もありますから、単純な競争ではなく、互いにどう差別化していくのかという競争です。例えば最近、コンビニ各社がコーヒーを出していますよね。同じ戦略なのに広報、マーケティング、ブランディング、宣伝、そしてPBという各企業の持つ力の生かし方で結果がまったく違う。差別化というのはそれくらい難しい。加えて今は、「同業」の概念がまったく変わってきている。少し視点を変えれば、グーグルも「同業」になってしまう。時には「協業」になることもあり、時には「競合」にもなる。情報産業はそういう世界。どこか特定の会社にどうすれば勝てるのか、という視点で競争する時代ではありません。これと同じことは「オムニチャネル」にも言えます。例えば、よく「どうやってオムニチャネルを進めればいいのか」という質問をされることが多いですが、その問いかけ自体が間違っています。

―それはどういうことでしょうか?

 着任後のセミナーでみなさんにもお話をしたのですが、百貨店の売上げが落ちてきているのは、専門店やネットに客を奪われているからということになっていますが、私は「本当にそうなのか?」と思っています。世の中に百貨店を儲けさせてやろうとか、損させてやろうと考えているお客様など存在しません。他のチャネルがどうこうというよりも、まずは「自分たちは何者か」という問いかけの方が重要ではないでしょうか。それを探る一つの手法として「オムニチャネル」という言葉があるだけなので、本当は何でもいい。そんな何でもいい言葉の意味を追い求め続けていたら、うまくいくわけがない。そういう意味では、「オムニチャネル」という言葉は、「Web2.0」や「ソーシャルコマース」と同様にバズワード化していくのかもしれません。

百貨店は上から下まで「問い」が満載の箱

―ここまでお話を伺うと、屬さんは「問い」を重視されていることがよくわかります。

 そうですね。私自身は「問い」の立て方が一番大事だと思っています。正しい問いを立てると正しい答えが出るし、間違った問いを立てると間違った答えが出る。常に「この問いかけで正しいのか」と自問自答を繰り返しています。ただ、こういう視点で「百貨店」に問いを立てていくと、非常に面白い未来が見えてくるんですよ。例えば、「デパ地下」と言えば「食料品売り場」のイメージかもしれませんが、「食事というのは何だ」という問いかけを立てることができる。新鮮な野菜を届けることへの問いかけを続けていけば、「土」や「環境」というところまで進化していく。水一つとっても今はペットボトルに入れて売っていますが、別の方法で家庭に届けることができるかもしれません。水をエネルギーと考えれば、百貨店がエネルギーを届けたっていい。1階に上がれば「化粧品売り場」ですから今度は「美とは何か」という問いかけが生まれ、インナービューティ、インナーマッスル、健康などにも広がっていきます。そうやって全フロアに「問い」を立てていけば、その答えを出すのは三代かかりますよ。百貨店の次の百年なんてあっという間に経ってしまう。つまり、百貨店というのは上から下まで「問い」が満載の箱なんですよ。

―実際に髙島屋全体でも、そのような「問い」を立てているのでしょうか?

 そうですね。「コミュニケーションとともに何を売るか」という問いかけのもとで、今年新たに「Think New!」という経営方針を発表しました。これを作っていくやりとりのなかで、「Think New、Do Good、Make Fan」というキャッチフレーズがあります。これは要するに、「真の豊かさを考察し、常に新しい視点で、物づくりから街づくりまでプロデュースし、ファンを創造する集団である」ということですが、もっと端的に言うと、「世界を進化させる会社」ということ。社会を進化させていくためには異質なものと異質なものを組み合わせなければいけません。その組み合わせはパターンが多ければ多いほど可能性がある。そういう意味では、髙島屋というのは非常に大きな可能性を秘めた企業だと思っています。歴史もあり、人材もあり、顧客もいて、売上げも大きい。そんな大きな経営資源のある百貨店と提携したわけですから、私の問いも「どうすればオムニチャネルを進められるか」などという単純なものではありません。今の世の中、わかりやすい答えを求め過ぎる気がしています。本当に何かを生み出そうとしたら、本質はそんなに簡単には言い切れない。私が進めている取り組みも、それこそ三代先まで考えなければいけないと思っています。

―お忙しいところ、興味深いお話をありがとうございました。

 ありがとうございました。

 

 

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