2014年6月号 特集 「消費者は何を考えているのか」

通販に限らず、モノやサービスを売る企業にとって「消費者が何を考えているのか」というのは永遠のテーマではないだろうか。そんな難解な問いが「オムニチャネル」という概念の登場でさらに複雑化している。チャネルが多様化していけば当然、消費者の嗜好もレイヤーも多様化していく。そんな状況だからか、今あらためて「ダイレクトマーケティング」という手法に注目が集まっている。そこで今回は、日本ダイレクトマーケティング学会でもおなじみのルディー和子氏にご登場いただく。オムニチャネル戦略を推進するセブン&アイHDの社外監査役にも就任し、流通業界のみならず熱い視線を浴びるダイレクトマーケティングの第一人者に、消費者を振り向かせるためのテクニックと通販の未来を聞いた。

 

立命館大学大学院経営管理研究科教授
ルディー和子

米化粧品会社エスティ・ローダー社マーケティングマネジャー、出版社タイム・インク/タイムライフブックスのダイレクトマーケティング本部長を経て、マーケティング・コンサルタントとして独立。2003年に第一回ダイレクトマーケティング学会賞受賞。2009年に日本ダイレクトマーケティング学会副会長に就任。2014年5月セブン&アイホールディングス監査役に就任。

(著書)
主な著書
『ソクラテスはネットの無料に抗議する』(日経プレミアシリーズ)
『売り方は類人猿が知っている』(日経プレミアシリーズ)
『マーケティングは消費者に勝てるのか?』(ダイヤモンド社)
『データベースマーケティングの実際』(日経文庫)
『ダイレクトマーケティングの実際』(日経文庫)

主な訳書
『ポストモダン・マーケティング』(ダイヤモンド社)
『五感刺激のブランド戦略』(ダイヤモンド社)

 

■ダイレクトマーケティングのおもしろさと難しさ

「言葉」としての使命は終えたが、まだ存在価値はある

――まずは基本的なところで「ダイレクトマーケティングとは何か」という部分からお話を伺っていきたいと思います。そもそも、「通信販売」とどのような違いがあるのでしょうか?

ルディー 両者の違いは歴史を振り返ると明らかです。通信を介して物を売る「通信販売」という手法がアメリカで誕生し、それが普及していく過程で1970年代ごろから、銀行やクレジットカード会社などの金融機関で通販の手法を用いたコミュニケーションが増えていきます。例えば、新規のお客様に来店を促したり、口座のある顧客に新しい金融商品を告知して担当者にコンタクトしてください、というメッセージをダイレクトメールで送ったりという手法です。これを世界有数の広告代理店創設者であるレスター・ワンダーマンが「ダイレクトマーケティング」と呼ぶようになったのです。この背景には、当時はまだ「通販」というと安かろう悪かろうという、あまり良くないイメージがあったことも大きい。つまり、「通販」のイメージと区別するために生まれた言葉なのです。それゆえにしっかりとした定義付けもなく、その点がアカデミックな世界から批判されることにもなりました。現在あまり「ダイレクトマーケティング」という言葉を使わなくなったということは、裏を返せば「通販」というものが社会的に認知されてきたという見方もできますね。

――ダイレクトマーケティングという「言葉」は、ひとつの使命を終えたということなのでしょうか?

ルディー そうですね。ただ、その役割自体はまだまだ求められていると思っています。ダイレクトマーケティングの真髄の一つは、お客様を説得して、自分たちが望んでいるような行動を取ってもらうよう促すというコミュニケーションテクニックがあります。これを修得している企業はまだ少ない印象です。例えば、日本の金融機関が作るカタログやダイレクトメールを見ても、「窓口に行きたいな」とか「ちょっと話を聞いてみようかな」と思いませんよね。有名タレントを起用して、当り障りのないメッセージを送っている。たくさんのお金をかけて作っている割にはずいぶんもったいないですよね。

「お客様を説得する」という本質は変わらない

――これは日本社会特有の問題でしょうか?

ルディー 日本人は全体的にコミュニケーションが下手なので、基本はそこかもしれないですね。自分の気持ちとしては、「本当にこの商品は良い」と思っているのに、「買って得する理由」が自信をもって表現されていない。何となく事務的で冷めた感じになっているのは、お客様にきちんと話ができる人材が育っていないということがあるかもしれません。ダイレクトじゃなくても、営業マンならば一生懸命話をして自分の言っていることを理解してもらおう、説得しようと思うじゃないですか。日本企業はコミュニケーションのテクニックをもっと学んだ方がいい。そういう点では、ダイレクトマーケティングというのはやっぱり存在価値はあります。

――1982年に発行されたボブ・ストーンの『ダイレクト・マーケティング・マニュアル』を翻訳したことで、日本に最初にダイレクトマーケティングの手法を紹介したのはルディーさんと言われていますね。ルディーさんがダイレクトマーケティングに興味を持ったきっかけは?

ルディー 私は元々エスティローダーでブランドマーケティングをしていて、次に移ったタイムインクで通販に携わったことがきっかけですね。化粧品のマーケティングは、こちらがどんなにいろんな企画を考えても、営業部が「OK」と言わないかぎり実行できません。営業とマーケティングの考え方が違う時もあるし、そもそも営業の力を借りないと売れないんですよね。でも、通販は、自分が企画を立てて、自分で実行して、その結果がすぐに出る。それが良かったら自分が評価されますし、逆に悪かったとしても、誰も責めることはできません。「間」がすべてない。それがすごく面白いと感じましたね。そんななかで、本社でトレーニングをしていた時、ボブ・ストーンの本を知ったのです。『ダイレクト・マーケティング・マニュアル』という本は当時、基本中の基本の入門書ということで、アメリカでは誰もが持っている本でした。だから日本に紹介したんですね。あれから30年以上経過し、あの本で紹介していたチャネルやメディアはすべて変わりました。でも、お客様とどうやってコミュニケーションをとるか、お客様をどうやって説得できるかという本質的なところは変わっていないので、通販会社、とくにネット通販の方にはぜひ読んでいただきたいですね。

■消費者は企業に何を求めているのか?

DMの「テスト」に必要なのは社員の「多様性」

――ダイレクトマーケティングに成功している日本企業はありますか?

ルディー 私はネット通販もダイレクトメールを利用した方がよいと思っているので、DMの話をしますが、グーグルやソフトバンクモバイルのDMの質はかなり高いですね。グーグルはアメリカ本社からしっかり基本を学んでいると思いますし、ソフトバンクモバイルなども、ダイレクトメールの基本をきちんと抑えています。例えば、ソフトバンクのDMにはクーポンが入っていますが、小切手のようなデザインで、すごく価値があるような作りにしている。これは昔からのテストに基づいた基本に沿ったもので、「価値」がありそうなデザインのクーポンは捨てられないという消費者心理を応用したものです。捨てられないのでお財布に入れておく。そこで、たまたま店舗の前を通った時、「あっ、そういえば」と思い出して使ってもらうということを狙ったものですよね。

――そういう意味では、ダイレクトマーケティングで重要なのは「テスト」なのでしょうか?

ルディー ええ。今のネット通販はテストも簡単に行えますから、みなさん様々な手法を試していると思うのですが、重要なのはただテストを行うのではなく、「どんなテストをするか」ということです。これは自分たちで考えなくてはいけない。そこでカギとなるのは社員の「多様性」です。新卒でずっと同じ企業で働いているような男性社員たちだけではなく、転職者や、一度会社を辞めてお母さんをやって復帰したような女性など、バラエティに富んだ人材でどうお客様を説得すべきか考えていくべきでしょう。

――なぜ多様性が必要なのですか?

ルディー 消費者の視点が欠落しないためです。例えば、キャッチコピーなどはわかりやすいですね。あまりにも消費者の目線が欠けているような売り文句を作っている企業に、「あなたがお客様だったら、このコピーを読みますか?」と尋ねると、だいたい担当者は「読みません」と答えます。企業の中に長くいると、自分自身もひとりの「消費者」であることを忘れて、「受け取る側」の感覚をオフにしてしまうという人は少なくありません。このような状況を招かないためにも、企業には「多様性」が欠かせません。

「お客様志向」は消費者を混乱させるだけ

――通販会社が「消費者が何を求めているのか」を知るために重要なことは何だとお考えでしょうか?

ルディー 消費者が何を考えているのかというのは今までもいろんな調査がありましたから、伝統的な通信販売の手法を学んでいる企業はご存知かと思いますが、企業には消費者の行動に影響を与える力があるんですよね。これだけモノが溢れ返っている時代、消費者は迷っていることが多い。そこに「これがいいんですよ」と適切なアドバイスをすれば、消費者は耳を傾けてくれるものなのです。ただ、それをどういうふうに言えばいいのかということを日本の企業はわかっていない。その最たるものが「お客様志向」という言葉です。お客様の立場に立って、いろんなサイズや色の商品を取り揃えましたなどとうたっていますが、迷っている消費者に、さらに選択肢を増やしてもさらに混乱させるだけ。「これがいいです」とスパッと言ってあげた方がよほどお客様のためになる場合もあります。だから、サントリーの化粧品が「60代、70代の女性」に絞ってメッセージを出したことは非常に良いと思います。これまでの普通の日本企業は、あわよくば30代も取り込みたいとか、50代にも訴求したいとか考えがちですが、実はこのようにターゲットを絞った方が、レスポンスが来て注文率は上がります。高度成長期ならば、なるべく多くのターゲットに到達し、誰からも好かれたいという考えもわかりますが、今みたいな成熟市場のなかで消費者自身が何を買っていいかわからない時代にはとても通用しません。それは企業側もよくわかっている。ターゲットをしっかり定め、その人たちだけに向かって話しかける広告を作らなくてはいけないと思いながらも、なかなか恐くてスイッチングできないのが現状です。そういう意味では、サントリーは日本企業としては、かなり勇気のある行動をしたのではないでしょうか。

――消費者に求められる「ネット通販」になるためにはどうすれば良いのでしょう?

ルディー ネット通販を行っている人のメンタリティは、店舗販売とすごく似ています。最初はとにかく存在を知ってもらわなくてはいけないので、広告やPRでお客様を引っ張ってこないといけませんが、基本的にはお客様が来るのをひたすら待つ、というところがある。人通りが多い場所の店舗ならばともかく、裏通りの人があまり来ない所でじっと客を待っていてもしょうがありません。だったら、先ほどの「ターゲットを絞る」ではありませんが、提供商品、サイトのデザインやコピー、すべてにおいて、ターゲットに強く支持されるようなニッチ戦略をとるべきではないでしょうか。今はネット通販で大企業にまで成長するのは難しい傾向があります。そのなかで、大きくならなくていい、個性だけでやっていくというネット通販が増えていくのは自然の流れだと思いますし、そういう業者が増えればいいと思っています。

■今後、流通・小売・通販はどうなる?

サイトから離れた客がメルマガを見るわけがない

――ダイレクトマーケティングという視点から今後、日本の通販はどのようになっていくとお考えでしょうか?

ルディー ネット通販はリピート率が割と低いことが指摘されています。この課題を解決するには、やはりお客様の継続率を見ながら、何らかのコミュニケーションを図って戻ってもらうようにしないといけません。しかし、日本のネット通販は基本的に、顧客とのコミュニケーションをすべてデジタルでやろうとしがちなところがある。どことは言えませんが、あるネット企業はメルマガが山ほど送られてきて、いくら解約をしても他で注文をするとすぐさま大量に送られてくる。あれは正直いただけません。一度サイトから離れたお客様が、そのサイトから送られるEメールやメルマガをチェックすると思いますか? そのまま「ゴミ箱」か「迷惑メール」行きですよね。そうなってくると、サイトに戻ってくださいというメッセージを届けるには、ちゃんとしたダイレクトメールやカタログを送るしかない。郵便は届けば一応見ますからね。事実、アメリカのネット通販はデジタルだけではなく、アナログでもきちんと優良顧客とコミュニケーションを図っています。アマゾンも始まってすぐくらいの時、コーヒーマグやカタログを優良顧客に送ってきていました。日本でも最近、大手ネット通販がDMを使い始めたと聞きましたが、まだまだという印象です。例えばダイレクトメールに、この番号を入力すれば安く購入できる、みたいな特典を付けてサイトに呼び戻したっていい。ネット通販はもう少し「マルチチャネル」を意識していくべきでしょうね。

大手のオムニチャネル化が進む今こそ「基本」に戻る

――流通・小売の未来についてはいかがでしょうか?

ルディー 注目は、やはり今盛んに言われている「オムニチャネル」ですね。あのアマゾンも最近のベソスCEOのインタビュー記事を読むと、店舗を出すことについて否定はしていません。良いチャンスがあればというニュアンスですよね。「オムニチャネル」というのは結局、お客様にいろんな選択権を与えるということですから、それができる企業が競争優位に立っていくという流れは避けられないのかもしれません。ただ、これは大企業がより大きくなっていくということでもあります。ご存知のようにアマゾンは巨大な物流システムを構築することで、競争を排除するまでの巨大企業に成長しました。彼らがオムニチャネルを進めたら、店舗でも同様のことが起こる可能性はある。このような流れのなかで中小企業が生き残っていくには、先ほどお話ししたように、大きくなることを目指さないで、個性で差別化を図る道を選ぶことでしょう。利益を重視して、お客様ときちんと継続的コミュニケーションをしながら、自分たちだけができるサービスを提供できる企業が勝ち残っていくのではないでしょうか。ただ、昔からやっている通販会社のみなさんならわかると思いますが、実はこれって通販会社が当たり前のようにやってきた基本的なテクニックなんです。これからの時代、「基本」ということが求められていくような気がしています。

――オムニチャネルといえば先日、セブン&アイHDの社外監査役に就任されましたが、これはやはりオムニチャネル戦略が関係しているのでしょうか?

ルディー さあ、どうでしょうか。セブン&アイHDとしてはニッセンを子会社にしたことからもわかるように現在、オムニチャネル戦略を推進しています。そういう大きな流れのなかで、私のこれまでの経験が活かせられれば嬉しいですけど。

――さらなるご活躍を楽しみにしております。ありがとうございました。

ルディー ありがとうございました。

 

 

 

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