2014年11月号 特集 「ネットが消費行動に与える影響」

ネットの登場によって消費者が大きく変わった。そんなこと今さら言われなくてもわかっている、という声が飛んできそうだが、では実のところ何がどう変わったのかという本質的なところをうまく説明ができる者は少ない。それは我々の市場にも言える。ネット通販の普及によって、市場は大きく膨らみ「先行きの明るい業界」などと呼ばれて久しいが、ネットによってもたらされた「通販の変化」についてしっかりとした説明はなされていない。我々はネットによって何を得て、何を失っているのか。さらに近年ではソーシャルメディアの登場によって、単なるメディアとしてのネットではなく、顧客との「つながり」という新たな変化に直面している。そこで今回は、インターネットの消費者行動に詳しく、日本ダイレクトマーケティング学会理事も務めている上智大学経済学部教授・新井範子氏に、このシンプルかつ難解なテーマについて話を聞いてみたい。

 

上智大学 経済学部教授
新井 範子
あらい のりこ

慶応義塾大学大学院後期博士課程修了。淑徳大学国際コミュニケーション学部、専修大学経営学部を経て、2010年4月より現職。
専門研究領域は消費者行動、e-マーケティング。最近はWebにこだわらず、デジタルサイネージ等、デジタルなマーケティング分野の研究を進めている。また、インターネット上のCGM情報からマーケティングデータの抽出のためのテキストマイニング等の技法についても研究している。
著書は『みんな力~ウェブを味方にする技術』(東洋経済新報社)、『創発するマーケティング』(日経BP社)など。近々、コンテンツ分野のマーケティングに関する著書を出版予定。

 

■ネットによって通販はどう変わったか

「欲しい」という衝動に応えられるのがネット

――まずはネットの登場によって、昔のカタログ通販の頃に比べ何が大きく変わったとお考えでしょうか。

新井 まず大きく変わったのは需要のタイミングでしょう。これまでは何かが欲しくてカタログを手にとり、それを開いてめくって探していく手間がありましたが、ネットの登場でその時間が大幅に短縮されました。そして、時間と場所の制約をなくしたことも大きいですね。これまでは通販を利用するのは自宅や職場くらいでしたが、ネットによって通勤電車内や遊びの外出先でも利用できる。基本的に24時間どこでも思い立ったらすぐに買えるようになったことは大きな変化ですね。例えばカタログ通販の場合、まず「欲しい」と思い立ったらカタログを請求し、それが数日後に届くのを待たなければいけない。「欲しい」衝動を長続きさせなくてはいけなかった。でもネットの登場で「欲しい」気持ちがホットなまま行動に移るわけです。定期的に必要なお歳暮や生活用品の購入のような理性的な買物よりも、どちらかといえば「欲しい」という衝動のような部分まで、消費者の欲求をカバーできるようになったのは素晴らしいことですよね。そして、もうひとつ大きな変化としては、個人の深い嗜好に応えられるようになったことでしょう。例えば無添加のオリーブオイルにこだわるような「通」の人々は、デパートやスーパーにもなく総合通販にもないので、ピンポイントでイタリア直輸入の食材等を扱う専門のネット通販に辿り着く。こういうコアな層を掴むというのは今までの通販ではなかなかできなかったことですよね。

――では、逆にネットの普及によってなくなってしまったことは何でしょうか。

新井 のんびりとした時間はなくなっていると思いますね。これまでの日本企業の基本的な考え方は、「良いものを売ればいい」という品質面が多かった。それがネットの登場で、品質は当然としていかに早くデリバリーするかに重点を置くようになってきていますよね。このような変化を受けて、消費者側の意識も変わってきています。品質やスピードを求めることに加え、プライス・センシティビティ(※)という価格への関与がすごく違ってきています。検索して少しでも安い店を探すことが当たり前となっているので、価格の決定権を消費者が持つようになってきている。

――ネットの登場によって、スピードや価格などの決定権を消費者に握られるようになったとも言えますね。

新井 そうですね。それに加えて、情報も消費者の方が持っていますよね。会社員は自分の企業のことしかわからなかったりしますが、消費者はネットで比べる対象がたくさんあって、やろうと思えば多くの情報を集められる。「プロシューマー」ではないですが、本当に顧客が情報をいっぱい知っているということになりますよね。ただその一方で、消費者に対する負荷は確実に増えている気がします。検索したり調べたりしなくてはいけない。膨大な情報の中から何が信じるに値するものか見極めなくてはいけませんからね。

※プライス・センシティビティ(Price Sensitivity)
価格に対する顧客の敏感な反応。これを明らかにする方法として、PSM(Price Sensitivity Measurement)分析がある。
ターゲットが考える最適価格や価格の幅を測定することができる。

IT技術の進歩によってオムニチャネルが加速

――そのようにネットにより大きく変わった通販ビジネスですが、今後はどのように広がっていくとお考えでしょうか。

新井 やはりオムニチャネルですよね。小売とネットが敵対関係になるのではなくつながって相乗効果を生み市場を伸ばしていく。例えば、小売店で品切れだったものを検索してネットで注文する。ネットで商品を見て、リアル店舗へ足を運んでみるということがどんどん促進されていくのではないでしょうか。さらに言えば、オムニチャネルを入口にして、技術の進歩が加わると様々な広がりがありますよね。

――具体的には、どのような技術の進歩でしょうか。

新井 例えばアプリですね。今も位置情報を使うサービスはありますが、これからはセンシングができてくる。例えば、ブレスレットみたいなものを付け、そこで心拍数などを測るライフログのようなもので何かの商品を提案したり、何かに乗ると足のサイズがぴったりわかって、その人の足に合ったサイズの靴が注文されたりとか。こういうセンシングとネットが結び付けば、通販の可能性がすごく出てきます。また、家電にも適用できます。例えば冷蔵庫。卵いくつ、牛乳何本ストックしておくよう設定する。足りなくなったら冷蔵庫が判断して、自動的に通販で注文する…そんなことになってくる。既にアメリカでは「アマゾンフレッシュ」という生鮮食品の宅配サービスを利用する客に「アマゾンダッシュ」というリモコン型のデバイスを配布しています。これは「リンゴ」「バナナ」と声で入力したり、バーコードを読み取ったりして注文するもので、わざわざサイトを立ち上げる必要がない。こういうものがどんどん出てくると、小売にとって脅威になるという人もいますが、そうではなく、もはや結び付いていくしかないと思うんですよね。それがまさしくオムニチャネルなのです。

――ちなみに、先生ご自身は通販を利用されますか。

新井 私、生活全てが通販なんですよ。ここ10年ぐらいはミネラルウォーターや生活用品までアマゾンやロハコ。生鮮食料品やコンビニでお茶等買う以外はほぼ通販。洋服や靴も通販です。ショッピングは全然行かないんですよ。面倒くさいんですよね。店員さんから言われる「お似合いですよ」にどう対応していいかもわからない。基本的にアマゾンが多いですね。昨日も朝出かける時にネットが通じなくなって、無線LANのルーターを注文しましたが、帰宅時にはもう届いていた。この早さに加えて、使いやすさもありますね。たぶん、1回買ってみて2回…となっていくには価格じゃなく使い勝手だと思います。化粧水等「前は何を買ったっけ?」と履歴が見られるのは重要だったりするじゃないですか。あとはプレゼントする時にちゃんと名簿が残っているとか。面倒くさがり屋にはうれしいサービスですよね。

――ネット通販をよく利用される先生ご自身が注目するサイトはありますか。

新井 「cuoca」(クオカ)というお菓子作りのグッズを扱うサイトはお勧めですね。もともと、お菓子作りが趣味の方が立ち上げたサイトなんです。お菓子作りのグッズはなかなか普通のお店に揃っていないので、じゃあ自分たちで立ち上げようと始められたようです。コアな客層を掴み、店舗とネットの両方で展開しています。このサイトの良い面は、見ているだけで何だか幸せな気分になれることです。ビジュアルはもちろん、販売しているグッズを使えばこんなにおいしいお菓子ができるというレシピ等も紹介している。サイトのコンセプト自体が「女の子に自信を持たせる」みたいなものですが、本当に見ているだけで「私にも作れそう」って気持ちになる。使いやすいですし、Facebookもあってすごく良いと思いますね。

■ソーシャルメディアによる市場の変化

面倒なことに参加させるとロイヤルティが高まる

――ネットにより通販ビジネスや市場が大きく変わっていく中で、消費者との関係にも何か影響は出てきているのでしょうか。

新井 そうですね。やはり良いサイトを作るだけではなく、今言われているのは顧客を巻き込んでいくしかないということです。例えば、ベルメゾンさん。会社のコミュニティでベルメゾンファンの人たちがQ&Aを行っている。例えば、ある商品について使い方がわからない、何だか使い方が難しかったなど誰かが質問すると、他の誰かが答える。お客様同士の“つながり”もできるうえ、自分たちの仕事も減って助かるというわけです。もちろん、うまくまとめていく部分はしっかりとやらなくてはいけませんが、このようなコミュニティをつくるとロイヤルティが上がって顧客の離反が少なくなるというデータもあるのですよ。私の研究でも、面倒くさいことをやってもらうことで定着が高まるという結果が出ています。

――面倒くさい、とは具体的にどのようなことでしょうか?

新井 オーソドックスなのは、「みんなのレシピ大募集」みたいなキャンペーンですかね。自分でレシピを編み出して、作ってみて、それを写真撮影して投稿するって、実はかなり面倒くさいじゃないですか。サンクコストとか認知的不協和とか言われるのですが、そこに対して労力を払ったら、自分が労力を払ったところなのよということになって割と顧客が逃げていかない。例えば、この前の日本ダイレクトマーケティング学会でも発表しましたが、面倒くさくない行為と、面倒くさい行為をさせた場合、どちらに顧客が残るかというと、面倒くさい行為をさせた方が割と残るんですよね。もちろん、面倒くさいにも度合があるので、例えば、自分の体重を入力するということくらいです。そうした書き込みへ誘導するとか、レシピを上げさせる等というちょっと面倒くさいことに参加させられれば、ファンになってくれる可能性は高まりますよね。

――消費者を面倒くさいことに誘導できれば、顧客として囲い込みができるかもしれないというわけですね。

新井 たぶん「囲い込み」じゃないんですよね。言い方としては「囲い込み」ですが、本質としてはファンというか、知り合いや仲間をつくっていく感じでしょうね。そのあたりの成功例はトヨタの「アクアソーシャルフェス」(水をきれいにする参加型社会貢献プログラム)ですね。社会貢献を通じて、未来の顧客を育てるというのでしょうかね。車に乗る乗らない関係なく、いい種を心の中に蒔ける。これはやはり「囲い込み」ではなくファンづくりですよね、何か共に生きていく仲間みたいな。そういう感じだと思いますね。

現実では絶対にしない「非礼」をSNS上でやるから「炎上」する

――ネットに加えソーシャルメディアの登場でも通販は大きく変わったと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか?

新井 ソーシャルメディアの普及で、注目されていなかったものにある日突然火が付き、問い合わせが殺到するなんてことが起きるようになりましたね。最もわかりやすいのが「食べるラー油」でしょう。テレビコマーシャルもやっていなかったのにTwitterで火が付いて今やすっかり定着している。このような“きっかけ”と共に変わったのが、消費者とのつながりでしょうね。今は各社行っていますがTwitterアカウントやFacebookのファンページなどを開設して、消費者と積極的に関わる場を作っていくようになった。もちろん、それまでも自社サイトにコミュニティ等を作って交流するということはありましたが、これでは「既存顧客」にしか対応できません。やはり新規顧客になっていく消費者とつながるにはTwitterやFacebookのようなソーシャルメディアでなければいけません。

――その一方でソーシャルメディアには「炎上」のようなリスクも指摘されますが、「炎上」等についてどのように見ていますか?

新井 そういうものについてどうすればいいのかとずっと考えてきた時期があって、ソーシャルメディア内の評価って何に似ているのかなと思っていたら、クラスの中と同じ状況だなって気づいたんです。例えば、クラスの人気者になりたいために、クラスメイトにお金をばら撒いたり、ライバルの悪口を触れ回ったりしたら、それこそ「大炎上」ですよね。クラスの中で仲間から信頼を得るためには八方美人でなくズルもせず、結局は常に誠実であることしかない。実はソーシャルメディアも現実社会も同じなんですよね。Twitterは特にわかりやすいですが、例えばフォローもしていないような企業からクーポンが送られてくることがありますよね。あれは冷静に考えれば、街を歩いていて知らない人からいきなり「コーヒー飲みたいでしょ、クーポンあげるよ」と声をかけられるのと同じことでイヤな感じがする。まずは挨拶して友だちになってから、次の段階でクーポンじゃないけれどサービスを勧めるべきですよね。そんな現実社会では絶対にやらないような失礼なことを、何故ソーシャルメディアでは平気なのかという話なんです。それは確かに「炎上」しますよ。

――ソーシャルメディアも現実と同じようにコミュニケーションを図ればいいということでしょうか。

新井 そうですね。ネット上って本当にその人の誠意が見えちゃう場だと思うんですよ。だからそれを作り込んだ時点でもうダメなんだろうなと思います。企業の多くは、ソーシャルメディアを簡単にコントロールできると勘違いしている。だからズルをしたり、ブロガーに謝礼を払って「良いことだけ書いてくださいね」なんてやったりするのですが、そんなことは後で必ずバレますよね。それに悪いことを書かれるようだったら、それが正直な「評価」ということですからね。例えば、何かの新製品でブロガーが「辛過ぎて私には無理でした」と評価したら、本物の激辛マニアは食いつきますよね。その後の商品開発の参考にもなる。辛いものを「ちょうどいい辛さでした」とウソの評価をさせるより圧倒的に誠意がありますよ。これも人間関係に置き換えればわかりやすいんです。例えば、男女が付き合っていて「あなたのこういうところが無理だから直してね」と言われた時、自分はそういう風に見られていたんだと気付いて改めようとすれば関係は続く。でも、「それが無理だったらどうしようもないだろ」と逆ギレしたらそこで関係は終わってしまう。ソーシャルメディアを操ろうという企業は後者のようなことをしようとしているわけです。

■通販企業が競争力を上げるには

価格・スピード・情報の3つで競走をしていくのは不毛

――先ほど伺ったようにネットの登場で消費者から価格・スピード・情報を求められる中、通販企業としてはどこに注力すべきなのでしょうか。

新井 確かに、価格、スピード、情報は大切ですが、この3つを競争のネタにしてはいけません。休めないし、ひたすら安くしなきゃいけないから利益は上がらない。過酷な消耗戦を強いられて、じわじわと命が削られていく。生き延びるための戦略のつもりが逆の結果を招くという非常に不毛なことになります。じゃあどうすれいいのかということで私が考えるのは、「コーヒーを飲むのならその辺のお店じゃなくて、スターバックスの方が高いけど落ち着くから好き」のようなことを顧客に感じさせればいいのです。通販で言えば、訪れて見ているだけで嬉しくなるサイト。さらに品揃えが自分好みで使いやすい。おまけに、過去のチェックや購入した履歴もひと目でわかれば、「私のことよくわかってくれている」となって、すごく居心地の良いサイトになります。これを「経験価値」と呼ぶのですが、ここを高めていくことが必要ではないでしょうか。

――例えば、サイトにも快適さが生まれるように、細かい配慮をするということですね。

新井 そうです。サイトって基本的に誰が作っても同じじゃないかと思われていますが、とんでもない。次のページに行ったら戻れないとか、すごく商品が見にくいとか利用者視点がないものも多い。このような配慮に加えて、丁寧にデリバリーしている、アフターケアをしっかり行っているなど、そのような「経験価値」に重点を置かないと、スピードと価格の消耗戦に陥るだけだと思います。

「地方」と「こだわり」を武器に独自のストーリーを

――他にも何か競争力を高めていくポイントはありますか?

新井 通販って、基本的に会社が東京になくて地方にあっても大丈夫じゃないですか。そういうところがファンづくりで非常に大きな強みになると思います。例えば東京で生活する栃木県出身の方が栃木に本社のある通販企業を、「地元の企業だから応援したい」とファンになるかもしれない。東京に本社があって全国に支社が散らばっているなんて大企業よりも特徴がはっきりとしているので関与が持ちやすい、コミットしやすいですよね。今、「ふるさと納税」がかなり注目を集めているじゃないですか。消費者の中に地方の企業のしっかりとしたものを買いたいという意識もすごく強いんですね。その辺の高まりをふまえて地方でしっかりとした商品を扱っている通販企業がきちんと訴えていけばファンはできていくと思いますね。そしてもうひとつ、ファンをつくりやすいのが「こだわり」ですよね。例えば、ラーメン屋さんでも全国チェーン店よりも職人気質的な「こだわり」がある方にファンがつくじゃないですか。そういう意味では、通販企業にも「こだわり」があるところが多いのでファンがつきやすいのかなと思います。例えば、山田養蜂場さんなどは典型ですよね。岡山という「地方」からの発信であり、「こだわり」から生まれる独自の世界観がある。あの世界観に感銘する人はローヤルゼリーだけじゃなくて化粧品や他の食品も欲しくなりますよね。そういうファンのつくり方というのはすごくうまいなあと感じますね。

――独自の世界観をつくっていくために「地方」と「こだわり」以外に必要なものは何でしょうか。

新井 やはり「ストーリー」じゃないでしょうかね。例えば、ワインが2本あって中身はどちらも同じくらいのレベルのものだとしますよね。1本は安くて1本は高いのですが、よく見るとその高い方は、身体に障がいを抱えている人たちが自分たちでブドウの木を育てて丹誠込めて作ったという“ストーリー”があると、やっぱり高くても買いますよね。そんな美談じゃなくても良いのですが、例えば頑固な創業者がこんなに苦労して商品開発したみたいなストーリーでもいい。それをきちんと伝えられていけばすごく強いんだと思います。通販企業でも再春館製薬所さんや、先ほど例に出した山田養蜂場さんなどはこのストーリーがしっかりと作られていますよね。最近減ってきたミツバチの生態を通じて自然環境の大切さを訴えているので、伝わりやすく、共感しやすいと思います。このような努力をしていくことは、特に通販企業には必要ではないでしょうか。

――大変ためになるお話をありがとうございました。

新井 ありがとうございました。

 

 

 

 

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