2015年2月号 特集 「消費者の保護と教育」

「消費者保護」を考える際に必ずついてまわるのが、「どこまで保護すべきなのか」という議論だ。悪質業者による詐欺や消費者トラブルが多いのは事実だが、これはかつてのような「消費者は企業に比べて情報がない」という状況が引き起こしたわけではない。むしろ虚実入り交じった情報が溢れかえり、選択肢が多過ぎることが逆に消費者を惑わしているという側面もある。つまり、悪質業者の駆逐と「消費者教育」は、両輪で進めていかなければいけないのだ。さらに近年注目を集める、消費者一人一人が責任をもった消費行動をとってより良い社会を築くという「消費者市民社会」という考えでも、「教育」は根幹をなす。責任をもった行動をとるには、「リテラシー」が必要不可欠だからだ。そこで今回は、昨年8月に就任した板東久美子消費者庁長官に、消費者行政における「保護」と「教育」のバランスについて、聞いてみたい。文部省、文部科学省などで日本の教育行政に長年向き合い続けてきた、教育のエキスパートは、果たして「消費者教育」というものをどう捉えているのか。

 

消費者庁長官
坂東 久美子
ばんどう くみこ

1954年生まれ、岡山県出身。東京大学法学部卒業。1977年4月、文部省(現文部科学省)採用。2006年7月、内閣府男女共同参画局長に就任。2009年7月、文部科学省生涯学習政策局長、2012年1月、文部科学省高等教育局長、2013年7月、文部科学審議官を経て、2014年8月、消費者庁長官に就任。

 

■消費者庁長官に就任して

◎消費者教育推進法に盛り込まれた「消費者市民社会」という理念

――まずは板東長官が現在に至るまで、どのようなお仕事をされてきたのか教えていただけますか。

板東 文部省・文部科学省(以下、文科省)で主に教育分野ですね。大学教育だけではなく、生涯学習政策局では初中教育から高等教育、社会教育まで教育全体を見渡すようなこともさせていただきました。平成18年からは内閣府の男女共同参画局に3年間出向して、各省の政策に男女共同参画の横串を通していくというような仕事も経験させていただきました。消費者行政との関わりでは、平成10年から12年夏まで秋田県副知事として一般行政全体を見ておりましたので、そこで消費者行政についても、さまざまな課題に取り組みました。あと、生涯学習政策局では、消費者教育の文科省側の担当窓口を経験させていただきました。

――文科省では消費者教育について、具体的にどのようなことをするのでしょうか?

板東 様々な角度からの消費者教育というものを文科省の側から推進しようという取組ですね。例えば、学習指導要領の中に位置づけて、学校教育のなかで進めていくことを検討したり、あるいは高齢者の詐欺被害を未然に防ぐための消費者教育、それをサポートする人たちの育成も考えていこうと検討したり、という感じですね。このような視点があまり十分ではなかったこともあり、平成22年から消費者庁などと連携しながら「消費者教
育フェスタ」というものを始めています。

――そのような消費者教育を担当されていた方が長官になったというのは、国民からは消費者行政のなかで「教育」に力を入れていくというメッセージのようにも見えますが、そのあたりはいかがでしょうか?

板東 私を任用された側にどういう意図があるかは私にはわかりませんが、消費者庁として消費者教育の部分がまだまだこれからであり、今後非常に重要な課題になってくることは間違いありません。平成24年12月、消費者教育推進法が施行されました。そのなかには私が文科省にいた時代、こういう方向で消費者教育を整理して推進したらいいのではないかと思ったようなことも盛り込まれているのですが、特筆すべきは従来の消費者教育の重要性だけではなく、「消費者市民社会」というものを構築していかなければならないという考えが、明確に盛り込まれていることです。

◎消費者基本計画の策定に加えて成立した法律の執行を進めていく

――その考えが含まれるということは、具体的に何を示すのでしょうか?

板東 消費者教育といえば、これまでは消費者と事業者の間で情報の格差を埋めるため、積極的に消費者に情報を提供することで、被害防止はもちろん、消費者一人一人が合理的な選択ができるというものでした。つまり、消費者が「自立」の力を身に付けるよう支援することが消費者教育の狙いだったと思うのですが、消費者教育推進法ではその狙いはもちろん、消費者の行動というのは個人の消費生活が良くなるだけではなく、一人一人の消費者の行動がより良い社会を作っていくために必要不可欠だという「消費者市民社会」という考えが含まれています。例えば、商品を買う時に、その商品が製造・使用されていく過程で環境の負荷がどれくらいあるのか考えていく。被災地の経済復興を消費で応援していく、あるいはフェアトレードのように開発途上国の児童労働をさせないことを目的とした商品を買うなどですよね。このような「消費者市民社会」という考えはワークライフバランスも当てはまります。消費者がいつでもお店は開いていなければならないと強く求めたら、店で働く側には強い負荷がかかってしまいますからね。ただ、理念としては立派でも、実際にこれを教育の現場に落としていき、どういう手法で何をやったらいいのかという問題はありますから、消費者庁としてはこれをまず考えていかなければいけません。

――消費者庁長官として2015年にてをつけて取り組んでいく課題は何でしょうか?

板東 まず、平成27年度から5年間を対象とする新しい消費者基本計画というものを作らなくてはいけません。高齢化、情報化、グローバル化という社会の変化の中で、消費者を取り巻く環境が大きく変わっており、どのように先を見越しながら消費者政策の総合的な計画を進めていくかというのは非常に難しい面があります。各省はもちろん、消費者団体、事業者団体からご意見をいただきながら進めています。3月末までには一度作り上げて、策定後も検証・改善していくことになると思います。また、消費者安全法という法律も昨年6月に景品表示法と一緒に改正されています。こちらも地域の高齢者の見守りネットワークや相談体制の充実を図っていきましょうというものなので、高齢者の被害防止という点で言えば非常に重要な法律です。こちらも平成28年6月までに施行予定で実際に動き始めるための色々な府令作り、ガイドライン作りなどを進めています。また、景品表示法の課徴金制度、集団的被害回復である、消費者裁判手続特例法という法律も成立していますが、それらの施行が来年です。今年はそのためのシステム、ルール作りも必要です。目先のことを言えば、平成25年6月に成立した食品表示法がいよいよこの春以降に施行されるので、そちらの方も食品に関係しておられるみなさん、通販業界にもたくさんいらっしゃいますが、それぞれの事業者に取り組んでいただけるようにご説明をしていきながら進めていきたいと思っております。

――法律の施行が山積みですね。

板東 消費者庁は発足してまだ5年ですが、この2年間くらいで景品表示法をはじめ色々な法律が成立しています。ただ、法律というものは成立しただけでは意味を為さない絵に描いた餅。それが本当に具体的に動くためのシステム、ルールを作って、それが現実に問題なく動いていかなければいけません。消費者庁としても、整備されつつある法律、システムがいくつもありますので、より具体的に動かしていく「法の執行」を進めていきたいと思っています。

■「保護」と「教育」のバランス

◎景品表示法の課徴金制度は「事例集」と同時に事業者への説明と普及が重要

――消費者保護、まずは先ほどお話に出た景品表示法の課徴金制度について、実施にあたり重要視されていることは何でしょうか?

板東 景品表示法の課徴金制度については、昨年11月に同制度を導入する改正法が成立して以降、準備期間を経て1年半以内に施行しましょうということで、その間に事業者のみなさんからも色々なご意見をいただきながら仕組を作っているところですが、もともとは不当表示が問題だと思いますので、違反事例集を用意して、事業者の方に理解していただけるよう、十分行き届く形にしなくてはいけないのではないかと思います。

(事務局)  基準は一応発表されていますが、実はJADMAでも不安に思っている会員も多い。自分たちが作ろうとしている表現が不当表示にならないか心配している企業もありますので、そのあたりは消費者庁にもぜひご協力いただければと思います。

板東 そうですね。ですので、事例集を作ることも重要ですが、それを皆さんにお伝えして、普及していくことも同じくらい力を入れるべきポイントだと思っています。

――不当表示の問題では、最初から消費者を騙す意図をもっている者と、無知や認識不足からルールを逸脱した者を分けて考えるべきという意見もありますが、そのあたりはいかがお考えでしょうか。

板東 実物よりもかなり良く見せたり、事実の裏付けのない効能をうたうことは消費者の利益を害するものですので、それにストップをかけたり、ペナルティを課したりという景品表示法・特定商取引法などの仕組で適切に執行していくしかないと思います。そのようなことが起きないよう、昨年施行された改正景品表示法では、各事業者が不当表示防止のための体制整備などを行うことが求められています。また、重要なのは、最初の段階で消費者が適切な専門家に相談することができ、被害をストップしたり、被害回復ができるかどうかだと思います。全国の消費生活センターなどの相談員が対応していますし、消費者庁にもPIO̶NET経由でそれが上がってきますし、JADMAのような事業者団体でも取り組んでおられますので、ずいぶん解消されている部分もあるかと思いますが、やはりそのような個々の対応が重層的になってはじめて、不当表示の被害拡大の防止として機能していくのではないでしょうか。

――消費者保護といえば、消費者庁は「家族みんなで防ごう!高齢者詐欺」というキャンペーンで高齢者の詐欺被害・消費者トラブルの注意喚起をされていますが、「オレオレ詐欺」などの認知が広まっているのに、なかなか被害者が減らない原因はどこにあるとお考えでしょうか?

板東 まず、手法が巧妙になってきている、さらに高齢者や一人暮らしの方の比率が増えてきているところだと思います。やはりそういう独居の高齢者がお持ちの資産が狙われやすい以上、そのような方たちに必要な情報を、いかに適切に届けるかが重要となるのではないでしょうか。例えば最近は、金融庁を名乗るような詐欺被害なども出ているようですので、まずは本当に役所がこういうことをやるのかどうかもご自分でしっかりと考えていただく。そのための注意喚起や情報もしっかりと届けていかなければいけません。

◎消費者の「情報」を見る目を養う「情報モラル教育」の必要性

――注意喚起や情報を届けるという点では、通販や宅配業者に協力できることもあるのではないでしょうか。

板東 ありがたいご提案ですね。注意喚起のビラの配布や声掛けという点では、宅配や通販の業者の方にもお願いできることがあると思います。最近、生協にお話をお聞きしたら、夕食の配食サービスなどの時に、リコール情報や詐欺の警告ビラなどをお届けしているということでした。そのようなご高齢の消費者と接する企業や、地域の民生委員や福祉関係の方々を通じて色々な定期的な働きかけができるのではないかと思います。そういうネットワーク、連携が色々な分野で重要になってきています。ご高齢になるとわざわざ自分から情報を取りに行くという方も少なく、ネットなどでは情報を届けるのに限界があります。

――高齢者には確かにそのような問題がある一方で、現在の消費者はネットを介してさまざまな情報を自ら取りに行けるという特徴もありますね。

板東 そうですね。消費者庁としても昨年12月にはネット取引の消費者被害防止のキャンペーンを行いました。ネット通販を利用する消費者は、ネットで情報を取得しますので、バナー広告などを使った注意喚起には一定の効果があったと考えています。その反面、色々な情報が入ってきますし、個人での情報発信もできるような時代になっていますが、それらをどう評価していくのか、どういう選択に繋げていくのか、情報を見る目を含めて養っていくことが必要になってきていると思います。これは風評への対応等にも当てはまります。例えば最近注目された食品の異物混入問題も、本当に生命や身体の安全に関わるようなものと、そうでないものをどう評価していくのかということも、求められています。こういう情報を見極める視点をどう養うかは、学校教育の中でも非常に重要なポイントになってくるのではないでしょうか。特にネット絡みのものは、情報モラル教育が大切ですからね。ただ、気をつけなくてはいけないのは、これは別々のものではなく、消費者教育、環境教育などそれぞれが重なりあって連携しながらやるものだということでしょう。そのあたりは2月に出す消費者教育推進会議の報告書の中にも含まれています。

――それはどのような報告書ですか?

板東 先ほどふれたような必要な情報を、いかに必要とする人へ届けていくかということや、「消費者市民社会」に向けての教育の具体的なやり方、あるいは地域で色々な人たちが連携して進めていくためにどうするか。例えば、消費者教育のコーディネーターの配置・育成。そういういくつかのテーマを中心とした報告書ですね。そういうことで、消費者教育も1歩も2歩も先に進めばいいなと思っています。

――ここでおっしゃる連携の中には、事業者も含まれていると考えてよろしいですね。

板東 やはり事業者の方に望ましい方向に動いていただいて初めて、消費者にとっても利益が生まれると思いますし、逆に先ほど申し上げた「消費者市民社会」の実現にも、事業者は欠かせません。逆に、事業者がいくら環境負荷の少ない素晴らしい商品・サービスを作っても、その意義を消費者側が正確に理解していなければ、「高いのは買わないよ」となって推進されていきません。「消費者市民社会」は、企業市民と消費者市民が連携しながら、より良い社会を作っていくことだと思います。

■通販業界の印象とJADMAへの期待

◎「食品の機能性表示」の普及はJADMAなど事業者団体の役割は大きい

――長官はプライベートで通販をご利用されていますか。

板東 私が利用したことがあるのはカタログ通販です。普通のお店では手に入らない工夫を凝らした製品などを入手する目的ですが、結婚して近くに住んでいる娘を見ていると、ネットで生活品を気軽に買っているみたいですね。例えば、子どもが小さいので、おむつなどのまとめ買いに利用しています。高齢者の中には健康上の理由などで、なかなかお店に買物に行けないいわゆる「買物弱者」の方々もいますので、生活に欠かせない身近なものとして利用している方もいますね。

――通販業界に対してはどのような印象を抱いていますか。

板東 今申し上げたような欠かせないツールになってきている一方で、業者の中には広告表示が行き過ぎているようなケースもありますし、ネット通販に関するトラブルも依然多く報告されています。例えば、手に入れようと思ったら偽ブランド品が送られてきたとか、イメージとは全然違うものが送られてきたとか、そもそも届かないとか。海外の事業者が絡む相談も増えており、通販が身近になってきているだけに、トラブルも増えてきている印象はありますね。

――そのような状況の中でJADMAに期待するものは何でしょうか?

板東 事業者の悩みは分野によって異なりますので、きめ細かい対応はそれぞれの事業者団体ならではと考えます。JADMAも事業者からの相談に応じたり、講習会を開かれたり、知識の普及を図られていますが、そのような役割はこれからも期待しています。昨年12月に施行された改正景品表示法についても事業者側のみなさんが具体的にどのようにに対応すればいいのか、社内でもどのように知識を共有していけば良いのかというところで、かなり悩まれたと聞いていますので、そのような声を消費者庁に繋げていただくのも非常に有意義だと思っています。特に最近では、通販の中で増えている健康食品の情報をどのように評価していけばいいのかが消費者にとっても悩みの種です。近く食品表示法が施行され、その下で新しい機能性表示制度もスタートしますので、事業者団体にはそれらをうまく取上げ、正しく普及していただくきっかけを作っていただけると大変ありがたいです。また、逆に消費者被害やトラブルの情報があれば、我々は効果的な政策が実現できますので、互いに連携して「消費者市民社会」を実現していきたいですね。

◎消費者の利益実現、安全・安心が事業者のメリットになる循環を作る

(事務局) JADMAはインターネット消費者連絡会のメンバーでもありますので、そちらの面でも消費者庁とさまざまな情報を共有させていただきたいと思います。消費者教育としては、自治体や消費生活センターなどが発行している冊子で、たびたびJADMAマークの紹介をしていただいております。そういう面でもお役に立てればと考えています。

板東 まさに今始まっている新しい学習指導要領の改訂議論の中で、知識を教えるだけではなく、学ぶ方法や教える方法、そしてその結果どういう力を付けていくのが望ましいのかというところまで考えていくべき、という流れになっています。そこで消費者教育を考えると、例えば地域の中で消費者教育に取り組んでいる事業者と連携しながら生きた事例・素材を使って学ぶ。或いは、外部講師としても関わっていただく。さまざまな連携が考えられますよね。文科省の方では、学習する時間がないようであれば、正規の授業ではないものも含め、「土曜学習」を活用することも考え「土曜日教育ボランティア応援団」を募集しています。マークを使った学習は、そのようなアクティブな学びに入っていけるのではないでしょうか。

(事務局)  JADMAも各地の消費生活センターのセミナーに呼ばれて講演することがありますが、セミナーに参加する人は意識が高いので騙されません。関心の薄い人にいかに学んでいただくかが重要ですね。

板東 消費者行政は消費者庁だけが行っているわけではなく、それぞれの監督官庁、地方の最前線と連携を取りながら、事業者団体、消費者団体などいろいろなプレイヤーにもそれぞれできることをやっていただかなければ機能しません。例えば私は文科省から来ましたので、文科省とは小中・高等教育の学校の様々な教科や給食・健康教育に関わる話など、これからもう少し何か一緒に取り組めることを広げていけないかと、具体的に相談させてもらっています。協働体制や情報共有などを図りながら、消費者にとっての利益実現や安全・安心が消費の拡大に繋がり、事業者にとってもメリットになるという良い循環を生み出していきたいですね。

――そういうお忙しい仕事の合間の息抜きや、打ち込んでいる趣味はありますか?

板東 毎朝出勤前に心がけているのは、犬の散歩です。趣味はマラソンですね。各地のフルマラソンや100㎞マラソンなどの大会にも出たんですよ。

――マラソンを始めたきっかけは何かあるのですか。

板東 秋田県に出向していた時、あまりにもお酒を飲む機会が増えたのです。ご存知のように、お酒に強い遺伝子を持っていらっしゃる割合が日本一多い県ということで、みなさん非常にお酒に強い。それに加えて、あちらは出勤や移動などで車を使うことが多いので、歩く機会もない。これはもう生活習慣病まっしぐらだと思って、赴任して1年経った時に走り始めたんです。

――ちなみにJADMAの佐々木会長もランナーで、東京マラソンも走ったことがあるそうです。

板東 東京マラソンはいつも申込みますが、抽選に当たったことがありません。そういう運の良い方がうらやましい(笑)。ただ、今はちょっと休養中なんです。少し前に忙しくてあまり練習もしていないのに和歌山のあるマラソン大会に出たことがあって、完走はできたのですが膝が腫れてしまって。落ち着いたらまた復活したいと思っています。

――激務の中くれぐれもお体を大事になさってください。本日はありがとうございました。

板東 ありがとうございました。

 

 

 

 

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