2015年2月号 事業者相談 顧客対応編 「『注文者が認知症』の場合の返品・契約の取り消し」

注文者の家族や代理人と称する方から、注文者が「認知症」その他の病であることを理由に、返品や契約の取り消しを要求されるケースがあります。商品引渡しから時間が経過しているケースも多く、事業者としても悩ましい問題です。同様のテーマは数年前にも掲載しておりますが、その後も類似相談が続くことから、再度取り上げました。

 

■相談事例①

顧客の家族から、85歳の顧客が認知症であるとの理由から、今後は本人が注文をしても受けないでほしいと受注拒否の依頼があった。さらに、過去に購入した商品、約40点、70~80万円相当額を返品したいとの要求があった。
社内で検討した結果、今後は注文があっても受けないこととした。また、今年の購入分14点に関しては返品を受け入れることとしたが、数年前の分は断りたい。そのような対応で良いだろうか。

■相談事例②

サプリメントを販売後、支払の滞った顧客に督促用紙を送付したところ、顧客の家族から「注文した本人は認知症である。知人から『認知症の場合は頼んだ商品の料金は支払わなくて良い』と言われているので払わない」との連絡があった。
従来、類似の要望があった場合、弊社としては家族の気持ちを忖度し、可能な範囲で返品を受けるなどの対応を検討するが、返品を受けないまま請求を取り下げることは行っていない。このような場合、どのように対処すれば良いのだろうか。また、認知症の方に督促状を送ってはいけないのだろうか。

 

■助言

契約時点での本人の判断能力が重要、状況や首長内容を十分確認して対応を

両事例とも家族を通して連絡があり、「注文者が認知症である」との理由をもって、事業者に柔軟な対応を要求しています。一般的に、会社としてどこまでが対応可能なのか、また対応するべきなのかを考えてみましょう。ポイントは次の3点です。

●「受注拒否依頼後、本人から注文があったときの対応」
家族の意見を優先することによって、結果本人の意思を無視することになると、苦情に発展しかねません。ついては、まず家族間でルールを決めていただき、その内容を書面で提出いただくことなどが有効と考えます。その内容は、例えば、今後は本人が自ら注文しないことを原則とし、本人の名前で注文があった場合は、会社から本人及び家族に「注文確認」の連絡を行い、確認が取れた場合にのみ出荷可能とするなどです。

●「返品対応」
結論から言えば、「認知症である」との申し出があったからと言って、必ずしも返品を受ける必要はありません。しかし、実際の顧客対応の場では、最近の、しかも少額な取引であれば、申し出の内容を確認したうえで、返品を可能とすることもあります。しかし、「最近」とは言えない過去の取引で、しかも取引額も高額になっているケースについては、単に認知症であるとの主張だけでは即断できません。そこで、重要となるのが契約時点での本人の判断能力です。仮に認知症を発症していたとしても、判断能力の程度により、契約行為が可能とみなされる場合もあります。しかし、判断能力を欠いた「制限行為能力者」として、「成年後見制度」を利用し、家庭裁判所が選任した成年後見人が付されている場合は、後見人に契約を取り消す権限※があります。ただし契約時、既に成年被後見人になっている必要があります。いずれにしても、状況や主張内容を十分確認して対応しなければいけません。
※「日用品(食料品や衣料品等)の購入その他日常生活に関する行為」については、単に「後見開始の審判」を受けているからというだけでは取り消すことはできません。ついては商品内容の吟味も必要となります。

●「督促の対応」
相談事例②の「認知症の場合は頼んだ商品の料金は支払わなくて良い」については前述の「成年後見制度」の、誤った解釈から出たものと思われます。
また、昨今、消費者契約法の見直し作業が始まり、その論点の一つが「高齢で判断力が低下した人が結んだ契約を取消対象とするかどうか」であると新聞等で報道されたことから、一部の消費者に誤解を与えたものとも考えられますが、決まっているわけではありません。
返品がなされない場合は、請求督促が継続されるのは当然のことと考えます。また、顧客側に特別な事情があるのであれば、個別に検討・対応することになります。
なお、申し出人が成年後見人である場合は、当該後見人を交渉相手とし、まずは「登記事項証明書」を提出してもらうことで、「後見制度」を利用しているかの確認を行います。もし、事実関係が確認できない場合は、原則として「返品特約」を超えた特別扱いなどを行う理由がないことになります。
確認された場合は、返品処理など具体的な手続きに入りますが、「日用品の購入その他日常生活に関する行為」を超えたものであるかの判断などを行うため、弁護士などに相談しつつ、処理を行うことを勧めます。ただし、単価が廉価なサプリメントなどの場合は、日用品の範囲と判断される可能性が高いと思われます。

 

■相談室長より

「制限行為能力者」による単独の法律行為は無効、家族の訴えに可能な範囲で慎重かつ適切な対応を

ここ数年、高齢世帯などの増加に伴い、認知症を理由としての消費者相談が増えており、通販110番には、前年度は約30件、今年度に関しても既に20件以上寄せられています。また同時に、事業者の立場からも同様の相談が寄せられています。
相談内容にいう「認知症患者」は、予測・判断能力がない「制限行為能力者」との前提です。そのような方が単独で行った法律行為は無効になります。ついては、事業者は契約後に無効の主張をされないよう注意を払う必要があります。
JADMAの「電子商取引のガイドライン」等にも、「年少者、高齢者その他取引に関する情報について十分な理解能力を持たない者に対しては、特別の注意をはらわなければならない」と定めていますが、未成年と異なり、顧客が「認知症、高齢者」であるか否かの判断は、通常困難と思われます。
しかも、消費者にとっては、申込者が制限行為能力者と認められるためには、家庭裁判所で「成年被後見(または保佐、補助)人等」の審判を受けている必要があります。
言い換えれば、申込者が契約時に成年被後見人などの審判を受けていなかった場合には、契約時に意思能力がなかったことを証明するのは極めて困難であるため、法的な契約の取り消しが難しいということになります。
だからといって、事業者は対応しなくてもよいというわけではなく、家族の訴えを十分聞き取ったうえで、可能な範囲で慎重かつ適切に現実的な対応をしていくほかはありません。
また、消費者側は今後を見据えて、成年後見制度を利用することで、トラブルを予防することが重要となってきます。
なお、昨今の風潮として、「返品不可」とうたわれているにもかかわらず、申し込んだ商品を強制的に返品として受けさせることを目的に、安易に「未成年者」「認知症」を主張する消費者も存在します。この場合、消費者は契約責任というものの意味を十分理解し、契約関係の当事者として、責任ある行動をとることが必要です。

消費者相談室長 八代 修一

顧客対応の相談は 03-5651-1122まで(平日10:00~12:00/13:00~17:00)

(参考)
法務省/「成年後見制度」
日本司法支援センター/「法テラス:成年後見Q&A」

 

 

 

 

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